マンガ「評論」「批評」の発生地点(2)・メモ

  • マンガが知的なことばにとらえられるようになり始めた頃=1960年代後半〜1970年代
  • その頃、マンガを「評論」「批評」の対象としてとらえるようになっていた側の世代差
  • マンガ体験における「世代差」を意識すること。
  • 団塊の世代=当時の「若者」=マンガを小さい頃から読んでいた世代=量的にも数が多かった=大学進学率が上昇して「学生」文化が表面化してきた世代。
  • それ以前の世代=当時のオトナ=しかも活字を読む知性がまだ少数派=マンガとの距離があらかじめ存在した世代=活字/文字の高みから、敢えて「通俗」で「大衆」な「マンガ」へ、という視線と態度。

●当時のオトナたち=30代以上、40代も含まれる
⇒ マンガを小さい頃から読んではいない。「よそごと」としてのマンガ
鶴見俊輔1922年生……戦前にアメリカ留学。戦時交換船で帰国。『思想の科学』の中心人物のひとり。
尾崎秀樹1928年生……尾崎秀美の異母弟。文芸評論家。戦後「大衆文学」に着目した先駆者のひとり。
石子順造1929年生……東大卒。美術評論家。「キッチュ」論から大衆文化に関心。マンガへも。
佐藤忠男1930年生……『思想の科学』から育った映画評論家。元は新潟の郵便局員
    
●当時の「若者」たち=20代そこそこから10代も  ⇒おおむね「団塊の世代」が中核
⇒ マンガを小さい頃から読んでいた。自己形成過程とマンガが密着。
真崎 守1941年生……「峠あかね」名義で「評論」も。『COM』「ぐら・こん」の世話人
梶井 純1941年生……『漫画主義』同人。石子順造と共に「評論」の先駆者のひとり。
夜久 弘1945年生……『COMICばく』編集長。
呉 智英1946年生……評論家。『現代マンガの全体像』など。現、マンガ学会会長。
橋本 治1948年生……作家。『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』以下、マンガ「評論」中興のひとり。
夏目房之介1950年生……マンガコラムニスト&評論家。
いしかわじゅん1951年生……マンガ家&マンガ評論家。80年代「ニューウェーヴ」のひとり。
村上知彦1951年生……マンガ評論家。『漫金超』同人。大阪を中心に「評論」シーンをまとめる。

▼ それまで「貸本劇画」で商売してきていた側のオトナたち
桜井昌一1933年生……東京サイドでの「貸本劇画」の出版に携わる。
長井勝一1921年生……『ガロ』編集長。伝説の「モーゼルの勝ちゃん」。白土三平つげ義春を見出す。


▼ 主なマンガ家、クリエイターたちの「世代」
やなせたかし1919年生 ………「アンパンマン
水木しげる1922年生 ……応召して戦地へ。傷痍軍人に。紙芝居から貸本劇画へ。
手塚治虫1928年生 ……大阪医専卒。『メトロポリス』『新宝島』で時代を席巻。
白土三平1932年生 ……貸本劇画などから『ガロ』へ。「カムイ伝」「忍者武芸帳
永島慎二1937年生 ……手塚直系のひとり。私小説的マンガの先駆者。「フーテン」
つげ義春1937年生 ……貸本劇画などから『ガロ』へ。「ねじ式」「紅い花」
松本零士1938年生 ……『漫画少年』投稿から少女マンガへ。「男おいどん

▼ 「トキワ荘」グループ
寺田ヒロオ1931年生
藤子不二雄1933年+1934年生 
赤塚不二夫1935年生
赤塚不二夫1935年生
石森章太郎1938年生
水野英子1939年生
赤塚不二夫1935年生

梶原一騎1936年生
さいとうたかを1936年生
ちばてつや1939年生
川崎のぼる1941年生

山上たつひこ1947年生
大友克洋1954年生
江口寿史1956年生
高橋留美子1957年生

▼ 「花の24年組」周辺
大島弓子1947年生
池田理代子1947年生
山岸涼子1947年生
樹村みのり1949年生
萩尾望都1949年生
竹宮恵子1950年生

▼ アニメ周辺
宮崎 駿1941年生
冨野由悠季1941年生
押井 守1951年生


「文学」についてそのような「評論」「批評」が一気に花開いた昭和20年代半ばから後半にかけて。
そこでも同じような「世代差」は顕在化していた。戦前派、戦中派、戦後派、という区分。「新しい世代」としての石原慎太郎など。